初心者チュートリアル
2013年2月19日 TCG全般 コメント (1)マジック・ザ・ギャザリングというゲームは今でこそルールが整備されてきていますけど、元々(というか現状も)かなり複雑なルールを持ったゲームです。
Wizardsもそれを認識して結果はどうあれポータルというセットを作ってみたり、「タップ状態のクリーチャーは戦闘ダメージを与えない」や「インタラプトルール」の廃止のようにややこしいルールを整理したりといった工夫をしていますし、わかりやすくする方向に少しずつ向かっていっていると思います。
しかしそれはそれとして、
「序盤数ターンの土地を並べていく展開が割と地味」
「ゲーム開始ターンには意味をなさないのに必ず通らなければいけないアンタップアップキープドローの儀式」
辺りの部分は初めてゲームを遊ぼうとする際に見た目としてはとっつきづらく感じてしまうところとしてありそう、と思ったりしました。(慣れるにつれてこの辺は別に問題ではなくなっていくのですが…)
そこでその辺の問題を解消できないかなーと思って初心者用のチュートリアルとしてこんなことをしてみたらどうだろうかなどと考えてみたり。
・チュートリアル用デッキとは別に基本土地5種2セット用意しておく
・お互いのプレイヤーが場にそれらの基本土地を1セットずつ並べた状態でゲーム開始
・最初のターンはお互いドロー・ステップから開始
場に土地が並んでいる状態なので手札次第ですが最初のターンから呪文が唱えられる状態になってると思います。何はともあれギャザは呪文を唱えられてこそだと思いますので、初期状態がセッティングされている方がプレイを覚えていくにはいいのかなーと。
他にこの方法で得られると考えられるメリットをいくつか。
・ギャザには5つの色があるということを直感的に理解させやすい
ゲーム開始時から平地島沼山森が場に出ていることで、チュートリアル用のデッキがたとえ単色だったとしても色という概念を把握するのはさほど難しくなくなると思います。
・色拘束の意味が多少見える
このやり方では初期状態では5色のマナが1マナずつ出ますけど、逆に言えば1マナずつしか出ません。つまりダブルシンボル以上の呪文を唱えるためには手札の土地をプレイする必要があるわけです。この手順を踏むことでゲームを進める上で(たとえ上記のように既に場に並んでいたとしても)土地をプレイすることが必要であることがわかりますし、不特定マナシンボルを含む呪文の便利さについても体感的に身につけられてもらえることが期待できます。
・巨大クリーチャーを使える
戦闘という概念を学ぶ上ではある程度以上のサイズおよびサイズのばらつきを持った複数のクリーチャーが存在することが望ましいですが、通常のゲームで序盤に唱えられるクリーチャーはパワー/タフネスにあまりばらつきがなく、サイズもさほど大きくないためにこの目的にそぐうとは言い難いです。
最初から土地が並んでいれば唱えられるクリーチャーの選択肢は多岐にわたり、「大きなクリーチャーは戦闘では確かに強い」「しかしサイズだけではなくクリーチャーの能力や他の呪文との相互作用も重要」「小さくても有用な能力を持ったクリーチャーは侮れない」といったことが早い段階で見えてくることが期待できます。どちらかというとリミテッド的な戦闘のやり方かもしれませんけど。
・アンタップの意味をより理解しやすい
相手のターンが終了してこちらにターンが戻ってくる際、(そのターンに呪文を唱えていればですが)アンタップ・ステップにすべての土地がアンタップするのでそれによって通常のプレイ以上にアンタップの効能が目に見えて分かりやすくなることが期待できます。アンタップする土地の枚数が徐々に増えていくより、いきなり最大6枚の土地がアンタップする様子を見せた方が分かりはいいのではないか、と。
上記のように最初のターンはドローから開始しているので、「アンタップアップキープドロー」の呪文を覚えずともドローとアンタップの順番を混同することも起こりにくいと思います。
といったところです。
実際に試したわけではないので効果のほどはわかりませんけど、講習方法としてはありなのでは?
もちろんこのやり方は慣らし運転のためのものなので、プレイが板についてきたら自分でデッキを組ませる前に正規の方法でのゲームを改めてインストールした方がいいと思います。「土地は最初から並んではいない」「最初のターンのドローがない」辺りを教えればいいのでそこまで覚えてもらうのは難しくはないにせよ、一気にゲーム性が変わるので戸惑われる可能性はありますが…
Wizardsもそれを認識して結果はどうあれポータルというセットを作ってみたり、「タップ状態のクリーチャーは戦闘ダメージを与えない」や「インタラプトルール」の廃止のようにややこしいルールを整理したりといった工夫をしていますし、わかりやすくする方向に少しずつ向かっていっていると思います。
しかしそれはそれとして、
「序盤数ターンの土地を並べていく展開が割と地味」
「ゲーム開始ターンには意味をなさないのに必ず通らなければいけないアンタップアップキープドローの儀式」
辺りの部分は初めてゲームを遊ぼうとする際に見た目としてはとっつきづらく感じてしまうところとしてありそう、と思ったりしました。(慣れるにつれてこの辺は別に問題ではなくなっていくのですが…)
そこでその辺の問題を解消できないかなーと思って初心者用のチュートリアルとしてこんなことをしてみたらどうだろうかなどと考えてみたり。
・チュートリアル用デッキとは別に基本土地5種2セット用意しておく
・お互いのプレイヤーが場にそれらの基本土地を1セットずつ並べた状態でゲーム開始
・最初のターンはお互いドロー・ステップから開始
場に土地が並んでいる状態なので手札次第ですが最初のターンから呪文が唱えられる状態になってると思います。何はともあれギャザは呪文を唱えられてこそだと思いますので、初期状態がセッティングされている方がプレイを覚えていくにはいいのかなーと。
他にこの方法で得られると考えられるメリットをいくつか。
・ギャザには5つの色があるということを直感的に理解させやすい
ゲーム開始時から平地島沼山森が場に出ていることで、チュートリアル用のデッキがたとえ単色だったとしても色という概念を把握するのはさほど難しくなくなると思います。
・色拘束の意味が多少見える
このやり方では初期状態では5色のマナが1マナずつ出ますけど、逆に言えば1マナずつしか出ません。つまりダブルシンボル以上の呪文を唱えるためには手札の土地をプレイする必要があるわけです。この手順を踏むことでゲームを進める上で(たとえ上記のように既に場に並んでいたとしても)土地をプレイすることが必要であることがわかりますし、不特定マナシンボルを含む呪文の便利さについても体感的に身につけられてもらえることが期待できます。
・巨大クリーチャーを使える
戦闘という概念を学ぶ上ではある程度以上のサイズおよびサイズのばらつきを持った複数のクリーチャーが存在することが望ましいですが、通常のゲームで序盤に唱えられるクリーチャーはパワー/タフネスにあまりばらつきがなく、サイズもさほど大きくないためにこの目的にそぐうとは言い難いです。
最初から土地が並んでいれば唱えられるクリーチャーの選択肢は多岐にわたり、「大きなクリーチャーは戦闘では確かに強い」「しかしサイズだけではなくクリーチャーの能力や他の呪文との相互作用も重要」「小さくても有用な能力を持ったクリーチャーは侮れない」といったことが早い段階で見えてくることが期待できます。どちらかというとリミテッド的な戦闘のやり方かもしれませんけど。
・アンタップの意味をより理解しやすい
相手のターンが終了してこちらにターンが戻ってくる際、(そのターンに呪文を唱えていればですが)アンタップ・ステップにすべての土地がアンタップするのでそれによって通常のプレイ以上にアンタップの効能が目に見えて分かりやすくなることが期待できます。アンタップする土地の枚数が徐々に増えていくより、いきなり最大6枚の土地がアンタップする様子を見せた方が分かりはいいのではないか、と。
上記のように最初のターンはドローから開始しているので、「アンタップアップキープドロー」の呪文を覚えずともドローとアンタップの順番を混同することも起こりにくいと思います。
といったところです。
実際に試したわけではないので効果のほどはわかりませんけど、講習方法としてはありなのでは?
もちろんこのやり方は慣らし運転のためのものなので、プレイが板についてきたら自分でデッキを組ませる前に正規の方法でのゲームを改めてインストールした方がいいと思います。「土地は最初から並んではいない」「最初のターンのドローがない」辺りを教えればいいのでそこまで覚えてもらうのは難しくはないにせよ、一気にゲーム性が変わるので戸惑われる可能性はありますが…
マローの大本営発表について
2012年9月8日 TCG全般デザイン演説2012(http://mtg-jp.com/reading/translated/mm/003801/)を読んで。
参入障壁の低減とかその辺については(本社のできることとしては割と頑張ってると思う、という点で)そんなに反対はしないです。日本市場を重点に置くのであればメディア展開とかの方向性を考えたほうがいいのでしょうけどそちらについてはリソースがデュエマに割かれてる以上しょうがないところではあるのかな、と。
店舗レベルでの取り組みについてはウィザーズのコントロールできる部分は限られてるでしょうから…
カジュアルプレイの推進はいい方向だと思います。多人数戦の推奨が参入障壁の低減に結びつくものだとはあまり思えないですが。
で、本題。
こまごまとした反省点については記事内で述べられているのでさておくとして、イニストラードが大成功だったという勝利宣言について、ここではゲームデザイン的な面から疑義を唱えてみたいです。
イニストラード/闇の隆盛では、ゴシック・ホラーというフレーバーをメインテーマと置き、それに相応しい世界やカードを作り上げたと明言されてます。
問題はその主客逆転にあります。
翻訳記事:両面それぞれの物語(http://mtg-jp.com/reading/translated/001987/)に、以下のような記述があります。
"しかし、ブレイディと私はしばしばメカニズムとクリエイティブの乖離について嘆いていた。「墓地セットなら、ゴシック・ホラー系のストーリーがいいに決まってるじゃないか。墓地に注目させたいんだから」などと言っていたはずだ。
これはオデッセイ・ブロックについてされたコメントですが、確かにオデッセイ・ブロックはストーリーとメカニズムに乖離が見られます。その乖離をなくすためにストーリーとゲーム的なテーマを一致させるというアイディアは、それ自体いいものであると思います。
問題はその後のイニストラード開発時の記述。
" 一番最初の会議の際に、私はデザイン・チームに一つ明確な指針を示した。このセットのデザインにおいて最優先されるのは、ホラーの雰囲気を出すことであると。"
当初言われていたのが「墓地セットならホラーがいいのではないか」であったのに対し、実際の開発に当たっては「最優先されるのはホラーの雰囲気を出すこと」となっている。つまり当初フレーバーはテーマと合致する世界を作り出すために存在するものであったのに対し、いつの間にか世界そのものがフレーバーを基に作り出されるものである、つまりフレーバーをテーマとする、と挿げ替えられてしまっているのです。
当然のことながら、フレーバーはメカニズムではありません。よって、イニストラードにはそれを支えるメカニズムは「ない」ということになってしまうわけです。
墓地テーマは存在してはいますが、それはサブテーマのひとつとしてあるのであってブロック全体を支えるようなものでは決してないのです。
イニストラードはホラー・ジャンルに必要な要素を集めて作られたということが言われています。その結果として、ブロック内には墓地テーマ、部族テーマ、両面カードといったものが集まるものになりました。しかしそれらはどれもセット全体を定義するほどに強力なものでもなく、結果的にゲームとして焦点を置くべき場所がぶれてしまった感が個人的にはあります(ゴシックホラー要素はいわばゲーム外の出来事ですので)。素直に墓地テーマを中心にして設定を組み立てていけていれば、セット全体としての統一感は今以上にとれていたのではないだろうかと思ってしまうのです。
無論、それは今存在しているイニストラードブロックとは別物になっていたのでしょうけど。
参入障壁の低減とかその辺については(本社のできることとしては割と頑張ってると思う、という点で)そんなに反対はしないです。日本市場を重点に置くのであればメディア展開とかの方向性を考えたほうがいいのでしょうけどそちらについてはリソースがデュエマに割かれてる以上しょうがないところではあるのかな、と。
店舗レベルでの取り組みについてはウィザーズのコントロールできる部分は限られてるでしょうから…
カジュアルプレイの推進はいい方向だと思います。多人数戦の推奨が参入障壁の低減に結びつくものだとはあまり思えないですが。
で、本題。
こまごまとした反省点については記事内で述べられているのでさておくとして、イニストラードが大成功だったという勝利宣言について、ここではゲームデザイン的な面から疑義を唱えてみたいです。
イニストラード/闇の隆盛では、ゴシック・ホラーというフレーバーをメインテーマと置き、それに相応しい世界やカードを作り上げたと明言されてます。
問題はその主客逆転にあります。
翻訳記事:両面それぞれの物語(http://mtg-jp.com/reading/translated/001987/)に、以下のような記述があります。
"しかし、ブレイディと私はしばしばメカニズムとクリエイティブの乖離について嘆いていた。「墓地セットなら、ゴシック・ホラー系のストーリーがいいに決まってるじゃないか。墓地に注目させたいんだから」などと言っていたはずだ。
これはオデッセイ・ブロックについてされたコメントですが、確かにオデッセイ・ブロックはストーリーとメカニズムに乖離が見られます。その乖離をなくすためにストーリーとゲーム的なテーマを一致させるというアイディアは、それ自体いいものであると思います。
問題はその後のイニストラード開発時の記述。
" 一番最初の会議の際に、私はデザイン・チームに一つ明確な指針を示した。このセットのデザインにおいて最優先されるのは、ホラーの雰囲気を出すことであると。"
当初言われていたのが「墓地セットならホラーがいいのではないか」であったのに対し、実際の開発に当たっては「最優先されるのはホラーの雰囲気を出すこと」となっている。つまり当初フレーバーはテーマと合致する世界を作り出すために存在するものであったのに対し、いつの間にか世界そのものがフレーバーを基に作り出されるものである、つまりフレーバーをテーマとする、と挿げ替えられてしまっているのです。
当然のことながら、フレーバーはメカニズムではありません。よって、イニストラードにはそれを支えるメカニズムは「ない」ということになってしまうわけです。
墓地テーマは存在してはいますが、それはサブテーマのひとつとしてあるのであってブロック全体を支えるようなものでは決してないのです。
イニストラードはホラー・ジャンルに必要な要素を集めて作られたということが言われています。その結果として、ブロック内には墓地テーマ、部族テーマ、両面カードといったものが集まるものになりました。しかしそれらはどれもセット全体を定義するほどに強力なものでもなく、結果的にゲームとして焦点を置くべき場所がぶれてしまった感が個人的にはあります(ゴシックホラー要素はいわばゲーム外の出来事ですので)。素直に墓地テーマを中心にして設定を組み立てていけていれば、セット全体としての統一感は今以上にとれていたのではないだろうかと思ってしまうのです。
無論、それは今存在しているイニストラードブロックとは別物になっていたのでしょうけど。
あなたはプレインズウォーカーですか?
2012年8月11日 TCG全般 コメント (4)マジックのゲームでは、あなたは多元宇宙の魔術師の中でもエリート中のエリート――プレインズウォーカーです。プレインズウーカーの中には、味方もいれば敵もいます。彼らは恐るべき魔法を携え、クリーチャー軍団を無限の次元から引き出しては指令を下しています。あなたのデッキの中のカードは、あなたの武器となります。そこにはあなたが学んだ呪文や、あなたのために戦ってくれるクリーチャーが収められています。
引用元:http://www.wizards.com/Magic/TCG/Article.aspx?x=mtg/tcg/newtomagic/whatismagic
ギャザの設定では、プレイヤーは強大な力を持つプレインズウォーカーです。プレインズウォーカーポイントという言葉や実績システムによって得られる称号がその設定に基づくものであり、公式の方からもプレイヤー=プレインズウォーカーという一致を推し進めようとしてる感じがあります。
しかし実際それを意識している人はどれだけいるのかという疑問はあります。特に競技志向の場合、むしろプレイヤー=プレインズウォーカーという一致は邪魔なものですらありえるわけでして。たとえば「自分というプレインズウォーカーはこのようなこだわりがある」といって押し通した結果として勝率が下がるのであれば、それはトーナメントプレイとしては必ずしも勝つことを目的とした競技志向のプレイヤーとしては望ましい姿とは言えないでしょう。
逆にカジュアル志向な場合は強さ以外の側面、つまりプレイヤー=プレインズウォーカーとしてのこだわりを追い求めることができるようになりますわけで、よりその一致が強い意味を持ってきます。「私はこの色しか使わない」「私はこのカードを使い続ける」といったものがプレイヤー=プレインズウォーカーの個性としてあらわれてくるので、プレインズウォーカーが自身のデッキを持って相手と戦う、という上記のテキストに書かれた姿に近いプレイヤー=プレインズウォーカー像が浮かび上がってきます。
プレイヤー=プレインズウォーカーという一致は次元マジックや統率者戦、魔王戦といった半公式なカジュアルルールによってさらに際立ちます。これらのルールは次元マジックや魔王戦においてはデッキ外部の状況の変化がプレインズウォーカーとしてのプレイヤー像を浮き上がらせ、統率者戦においてはデッキ構築の高いオリジナリティがプレイヤーのプレインズウォーカーとしての個性を際立たせるのです。
さて、ここでひとつの疑問が。
プレインズウォーカーポイントはトーナメントの参加実績であり、どちらかというと競技志向のプレイヤー向けです。
つまり本来よりプレインズウォーカー性の高いプレイヤーがプレインズウォーカーとしての実績から隔離されているのではないか、という疑問が浮かび上がってくるのです。
公式がカジュアルな声を拾い上げようとするのであれば、変な話ですがカジュアルなプレイヤーこそがこういった公式が構築したシステムに組み入れられるべき存在なのではないでしょうか?
「公式な大会参加のみではなくてカジュアルプレイにもプレイ報奨的なものがあってもいいのではないか」に対する施策を実行するのが簡単だとは思わないですが、うまく実行できればもっと競技志向以外の楽しさというのが発見されやすくなってくれるのではないかと思うのです。
引用元:http://www.wizards.com/Magic/TCG/Article.aspx?x=mtg/tcg/newtomagic/whatismagic
ギャザの設定では、プレイヤーは強大な力を持つプレインズウォーカーです。プレインズウォーカーポイントという言葉や実績システムによって得られる称号がその設定に基づくものであり、公式の方からもプレイヤー=プレインズウォーカーという一致を推し進めようとしてる感じがあります。
しかし実際それを意識している人はどれだけいるのかという疑問はあります。特に競技志向の場合、むしろプレイヤー=プレインズウォーカーという一致は邪魔なものですらありえるわけでして。たとえば「自分というプレインズウォーカーはこのようなこだわりがある」といって押し通した結果として勝率が下がるのであれば、それはトーナメントプレイとしては必ずしも勝つことを目的とした競技志向のプレイヤーとしては望ましい姿とは言えないでしょう。
逆にカジュアル志向な場合は強さ以外の側面、つまりプレイヤー=プレインズウォーカーとしてのこだわりを追い求めることができるようになりますわけで、よりその一致が強い意味を持ってきます。「私はこの色しか使わない」「私はこのカードを使い続ける」といったものがプレイヤー=プレインズウォーカーの個性としてあらわれてくるので、プレインズウォーカーが自身のデッキを持って相手と戦う、という上記のテキストに書かれた姿に近いプレイヤー=プレインズウォーカー像が浮かび上がってきます。
プレイヤー=プレインズウォーカーという一致は次元マジックや統率者戦、魔王戦といった半公式なカジュアルルールによってさらに際立ちます。これらのルールは次元マジックや魔王戦においてはデッキ外部の状況の変化がプレインズウォーカーとしてのプレイヤー像を浮き上がらせ、統率者戦においてはデッキ構築の高いオリジナリティがプレイヤーのプレインズウォーカーとしての個性を際立たせるのです。
さて、ここでひとつの疑問が。
プレインズウォーカーポイントはトーナメントの参加実績であり、どちらかというと競技志向のプレイヤー向けです。
つまり本来よりプレインズウォーカー性の高いプレイヤーがプレインズウォーカーとしての実績から隔離されているのではないか、という疑問が浮かび上がってくるのです。
公式がカジュアルな声を拾い上げようとするのであれば、変な話ですがカジュアルなプレイヤーこそがこういった公式が構築したシステムに組み入れられるべき存在なのではないでしょうか?
「公式な大会参加のみではなくてカジュアルプレイにもプレイ報奨的なものがあってもいいのではないか」に対する施策を実行するのが簡単だとは思わないですが、うまく実行できればもっと競技志向以外の楽しさというのが発見されやすくなってくれるのではないかと思うのです。
プレインチェイス2012を眺めていて
2012年5月31日 TCG全般プレインズウォーカーが各次元にいるときはその次元の影響を受けるということを認識。
逆に「ブロック構築やリミテッドではプレインズウォーカーたるプレイヤーはその舞台となっている次元にいるわけではない」ということも言えるような。
ここまで考えて「じゃあ同じ次元内のプレインズウォーカー同士の争いはその次元の影響を受けるのか」というところに問いを向かわせると…
リミテッドと次元マジックの組み合わせで「その次元内でのプレインズウォーカー同士の戦い」が再現できるのではないかな、と。
実現させるにはいくつか問題がありそうですが、「プレインズウォーカー同士の戦い」を謳うのであればこんな遊び方があってもよさそうだと思ってみたりしました。
逆に「ブロック構築やリミテッドではプレインズウォーカーたるプレイヤーはその舞台となっている次元にいるわけではない」ということも言えるような。
ここまで考えて「じゃあ同じ次元内のプレインズウォーカー同士の争いはその次元の影響を受けるのか」というところに問いを向かわせると…
リミテッドと次元マジックの組み合わせで「その次元内でのプレインズウォーカー同士の戦い」が再現できるのではないかな、と。
実現させるにはいくつか問題がありそうですが、「プレインズウォーカー同士の戦い」を謳うのであればこんな遊び方があってもよさそうだと思ってみたりしました。
現物には最近縁遠いですが日本語公式には触れてます。
エターナルの資産も手元にあるのでそのうち復帰したい欲はそこそこに。
秘密でプロットを書いてます。まだアイデアスケッチの段階ですが。
エターナルの資産も手元にあるのでそのうち復帰したい欲はそこそこに。
秘密でプロットを書いてます。まだアイデアスケッチの段階ですが。
オタク産業にありがちなこと
2010年11月7日コメント (2)この業界に欠けているのは興味がない、ないし薄い人を引き入れる力だと思います。これはギャザ界に限らず、他のオタク産業でもそう。
まず最初に来る問題点は説明が上手でないこと。たとえば「ギャザって何?」と聞かれたとして、「すごい面白いゲームだよ」と返せる人はギャザ界に果してどれだけいるでしょう。たいていの人は「これは世界で一番長い歴史を持つトレーディングカードゲームで〜」といった正しいけど直感的でない返答をするんじゃないでしょうか。なにせ公式ですら「これはプレイヤーがプレインズウォーカーとなって戦うゲームです」という発言をしてるわけですから。
そういう話はまず相手が食いついてきてからすればいいのであって、最初からするものとしては本来不適当なんですよね。しかしオタク業界はそれを許容してしまう…
オタク業界はほんとに優しいなあと思います。
まず最初に来る問題点は説明が上手でないこと。たとえば「ギャザって何?」と聞かれたとして、「すごい面白いゲームだよ」と返せる人はギャザ界に果してどれだけいるでしょう。たいていの人は「これは世界で一番長い歴史を持つトレーディングカードゲームで〜」といった正しいけど直感的でない返答をするんじゃないでしょうか。なにせ公式ですら「これはプレイヤーがプレインズウォーカーとなって戦うゲームです」という発言をしてるわけですから。
そういう話はまず相手が食いついてきてからすればいいのであって、最初からするものとしては本来不適当なんですよね。しかしオタク業界はそれを許容してしまう…
オタク業界はほんとに優しいなあと思います。
初心者対応としてのリミテッド
2010年10月22日 TCG全般 コメント (2)私見ですが初心者講習に一番向いたフォーマットはシールドだと思っています。理由として挙げるのは
・ギャザの楽しみの一つであるデッキの組み方を教えることができる
・デッキを組むための初期投資がパック代のみですむ
・リミテッドで重要な概念をいろいろと教えられる(構築から入った場合コンバット・トリックなどは軽視されがちになる)
といった辺り。ただ、1人あたり6パックという使用パックに関しての金銭的負担は決して軽いものではありません。3パック1000円でも2000円。ドラフトなら半額で済むのを考えると若干微妙間はあります。
ならドラフトを薦めればどうかという話になりますが、あれはある程度ギャザになれた人間でないと難しい面があるので完全な初心者相手の対応としてはあまりよろしくないです。コストという話ですとパックウォーズという手もありますがあれはギャザのカードとルールを使った別種のゲームなので同じく初心者相手に薦めるものとしては微妙です。
そこで考えてみたのが1人分のシールドのカードプールから2人分のデッキを作る、というもの。まず「初心者用」のデッキを協力して構築した後、残ったカードを使って教える側の人がもう一つのデッキを構築するという遊び方です。これでしたら1人頭の金銭負担はドラフトと同じ3パック分で済みますし、対戦に関しても相手より劣ったカードプールによるデッキ構築という経験の差を埋めるちょうどいいハンディキャップを自然につけることが可能となります。
やっぱり楽しく遊んでもらうには敷居が低いほうがいいですよね、ってことで少しでも参考にしていただけましたら幸いです。
・ギャザの楽しみの一つであるデッキの組み方を教えることができる
・デッキを組むための初期投資がパック代のみですむ
・リミテッドで重要な概念をいろいろと教えられる(構築から入った場合コンバット・トリックなどは軽視されがちになる)
といった辺り。ただ、1人あたり6パックという使用パックに関しての金銭的負担は決して軽いものではありません。3パック1000円でも2000円。ドラフトなら半額で済むのを考えると若干微妙間はあります。
ならドラフトを薦めればどうかという話になりますが、あれはある程度ギャザになれた人間でないと難しい面があるので完全な初心者相手の対応としてはあまりよろしくないです。コストという話ですとパックウォーズという手もありますがあれはギャザのカードとルールを使った別種のゲームなので同じく初心者相手に薦めるものとしては微妙です。
そこで考えてみたのが1人分のシールドのカードプールから2人分のデッキを作る、というもの。まず「初心者用」のデッキを協力して構築した後、残ったカードを使って教える側の人がもう一つのデッキを構築するという遊び方です。これでしたら1人頭の金銭負担はドラフトと同じ3パック分で済みますし、対戦に関しても相手より劣ったカードプールによるデッキ構築という経験の差を埋めるちょうどいいハンディキャップを自然につけることが可能となります。
やっぱり楽しく遊んでもらうには敷居が低いほうがいいですよね、ってことで少しでも参考にしていただけましたら幸いです。
日本語のネット上には多数のギャザ関連の文章が存在しています。DiaryNote、DN以外のブログ、Webサイト各種、SNS、twitter、etc。そしてこれらの中で最も認知度が高いのは公式のコラムである、という主張に異論がある人はあまりいないと思います。
つまり、公式のコラムには認知度相応の質が求められるということです。これは一部については問題ないと思いますが、ライターの全員がそのような力を備えているわけではない、と感じます。文章力に関しては最初から高い人はそうそういるわけではないのである程度はしょうがないとして、問題は内容。
たとえばもしblogで書きたいことを書きたい放題書くのであれば、何を書いても「自己責任」で済ますことができます。しかしmtg-jpというクライアントから何らかの対価をもらって(無償というのであれば微妙に変わってはきますが)文章を書く以上、そこには自己の枠に収まらない責任が生じてしまうわけです。
そんなわけで内輪受けに走ったり読み手の側の求める基準を満たしていなかったりする記事は、私的文章ではない公式のコラムとしてはふさわしくないものだと思っています。公式のコラムはギャザ界の中では公共性の高い文章なので、それに応じた内容にすべきかと。ライターの個性を生かした記事もありますが、それもそれで読み手の側が実際に読んで面白くないと感じるような内容では意味がないわけですので。
つまり、公式のコラムには認知度相応の質が求められるということです。これは一部については問題ないと思いますが、ライターの全員がそのような力を備えているわけではない、と感じます。文章力に関しては最初から高い人はそうそういるわけではないのである程度はしょうがないとして、問題は内容。
たとえばもしblogで書きたいことを書きたい放題書くのであれば、何を書いても「自己責任」で済ますことができます。しかしmtg-jpというクライアントから何らかの対価をもらって(無償というのであれば微妙に変わってはきますが)文章を書く以上、そこには自己の枠に収まらない責任が生じてしまうわけです。
そんなわけで内輪受けに走ったり読み手の側の求める基準を満たしていなかったりする記事は、私的文章ではない公式のコラムとしてはふさわしくないものだと思っています。公式のコラムはギャザ界の中では公共性の高い文章なので、それに応じた内容にすべきかと。ライターの個性を生かした記事もありますが、それもそれで読み手の側が実際に読んで面白くないと感じるような内容では意味がないわけですので。
ギャザで初心者にお奨めできるフォーマットは何か、と問われましたら十中八九リミテッド、と答えます。以下理由を(経験者視点では今更な理由ではありますが初心者視点から見ると必ずしもそうとは言えないので)。
まず、リミテッドには初期投資が必要ありません。普通にやれば毎回パックを開ける必要があるのでその分のお金はかかりますが、構築と異なり最初にデッキを用意する必要がないので逆にいえばパック代さえあれば参加できます。さらにカード資産による力量差が出ない、というのも利点になります。
次に、リミテッドではギャザに必要な諸概念を学べます。特に構築において軽視されがちなコンバット・トリックなどを学ぶ上ではリミテッドは非常に有用です。
そして、リミテッドで使用したカードはそのまま自身のカード資産となります。トレードの弾にするのも売却してパック代をいくらか取り戻すのも自由ではありますが、初期のカード資産がない状況からカードを集めるには悪い方法ではないと思います。気持ちとしてはリミテッドだけで遊ぶというよりはパックを開けてついでにリミテッドで遊ぶ、という感じでしょうか。
リミテッドの大会は各所で開かれていますし、8人集まる見込みがあるなら申請することで認定大会を開催することも可能です。せっかくギャザというリミテッドに向いたゲームを遊ぶのであれば、遊べるならリミテッドでも遊んでしまうのがやってて楽しいのではないでしょうか。大会に参加するのであれば事前に仲間うちとかで遊んでみたりして、有る程度慣れておくのに越したことはないですけどね。
まあリミテッドといってもいろいろとあるわけですが、それについてはまた後ほど。
まず、リミテッドには初期投資が必要ありません。普通にやれば毎回パックを開ける必要があるのでその分のお金はかかりますが、構築と異なり最初にデッキを用意する必要がないので逆にいえばパック代さえあれば参加できます。さらにカード資産による力量差が出ない、というのも利点になります。
次に、リミテッドではギャザに必要な諸概念を学べます。特に構築において軽視されがちなコンバット・トリックなどを学ぶ上ではリミテッドは非常に有用です。
そして、リミテッドで使用したカードはそのまま自身のカード資産となります。トレードの弾にするのも売却してパック代をいくらか取り戻すのも自由ではありますが、初期のカード資産がない状況からカードを集めるには悪い方法ではないと思います。気持ちとしてはリミテッドだけで遊ぶというよりはパックを開けてついでにリミテッドで遊ぶ、という感じでしょうか。
リミテッドの大会は各所で開かれていますし、8人集まる見込みがあるなら申請することで認定大会を開催することも可能です。せっかくギャザというリミテッドに向いたゲームを遊ぶのであれば、遊べるならリミテッドでも遊んでしまうのがやってて楽しいのではないでしょうか。大会に参加するのであれば事前に仲間うちとかで遊んでみたりして、有る程度慣れておくのに越したことはないですけどね。
まあリミテッドといってもいろいろとあるわけですが、それについてはまた後ほど。
ギャザプレイヤーのプレイ意識
2010年10月1日 TCG全般まず最初に、以下はかなり主観の入った文章です、と明言しておきます。
私が持っているギャザ界に対するイメージは「参入障壁が高く、排他的」というものです。
ショップや大会、サークルなどを基にして、各所で構成されているコミュニティ。一旦コミュニティの空気に馴染めるようになってしまえばあとはそこが非常に居心地のいい空間となります。顔見知りの中で遊ぶのは気楽でし、顔見知りになるためにはどうすればいいか?これに対しても「とりあえず対戦する」という単純かつ有効な解答が用意されています。
個人的にはギャザは非常に優秀なコミュニケーションツールだと思っています。一度対戦した相手に対し、その対戦を糸口にして会話を行うことができるということはギャザプレイヤーに許された大きなアドバンテージです。
最初に述べたイメージと書いている内容が違うように思えるかもしれないですがそれはここまである一つの前提を意図的に無視してきたからです。
その前提とは、「プレイヤーがギャザに関する有る一定以上の知識を持っていること」。
有る一定以上の知識(と構築であればデッキ)を持ってさえいれば、とりあえずコミュニティで遊んでみることは可能です。しかしそれがない人がふらりとどこかのコミュニティを訪れたとして、どれだけのプレイヤーが対応できるでしょう。更に言うならば、どれだけのコミュニティが対応できるでしょうか?
とりあえず「初心者歓迎 mtg」でググった結果一番上に来る検索結果が
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1235980112
である現状はよろしくないと言わざるを得ないです。
(リンク先を要約すると「東京都内でMTGができる場所、初心者歓迎のような場所ってありますか?」という質問に対し、返答が「2ch TCG板の【MTG】マジックがやりたいです でのオフ会に参加するか、呼びかけてみるのがいいと思いますよ。」)
初心者歓迎を謳ったコミュニティが存在していないことの証左なわけですので。
そういったコミュニティを作るためには初心者に対して対応するためのマニュアル等の準備も必要になるかもしれません。ただ、最も重要なのはプレイヤーが初心者に対して逆に呼び掛けることができるくらいの積極性を持つことなんじゃないか、と思ってます。
順番としてはプレイヤーの意識改革は新規参入を増やす方法を検討した後で問題になることだとは思います。ただ、問題提起を今のうちにしておくことに意味はあると思いましたので。
私が持っているギャザ界に対するイメージは「参入障壁が高く、排他的」というものです。
ショップや大会、サークルなどを基にして、各所で構成されているコミュニティ。一旦コミュニティの空気に馴染めるようになってしまえばあとはそこが非常に居心地のいい空間となります。顔見知りの中で遊ぶのは気楽でし、顔見知りになるためにはどうすればいいか?これに対しても「とりあえず対戦する」という単純かつ有効な解答が用意されています。
個人的にはギャザは非常に優秀なコミュニケーションツールだと思っています。一度対戦した相手に対し、その対戦を糸口にして会話を行うことができるということはギャザプレイヤーに許された大きなアドバンテージです。
最初に述べたイメージと書いている内容が違うように思えるかもしれないですがそれはここまである一つの前提を意図的に無視してきたからです。
その前提とは、「プレイヤーがギャザに関する有る一定以上の知識を持っていること」。
有る一定以上の知識(と構築であればデッキ)を持ってさえいれば、とりあえずコミュニティで遊んでみることは可能です。しかしそれがない人がふらりとどこかのコミュニティを訪れたとして、どれだけのプレイヤーが対応できるでしょう。更に言うならば、どれだけのコミュニティが対応できるでしょうか?
とりあえず「初心者歓迎 mtg」でググった結果一番上に来る検索結果が
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1235980112
である現状はよろしくないと言わざるを得ないです。
(リンク先を要約すると「東京都内でMTGができる場所、初心者歓迎のような場所ってありますか?」という質問に対し、返答が「2ch TCG板の【MTG】マジックがやりたいです でのオフ会に参加するか、呼びかけてみるのがいいと思いますよ。」)
初心者歓迎を謳ったコミュニティが存在していないことの証左なわけですので。
そういったコミュニティを作るためには初心者に対して対応するためのマニュアル等の準備も必要になるかもしれません。ただ、最も重要なのはプレイヤーが初心者に対して逆に呼び掛けることができるくらいの積極性を持つことなんじゃないか、と思ってます。
順番としてはプレイヤーの意識改革は新規参入を増やす方法を検討した後で問題になることだとは思います。ただ、問題提起を今のうちにしておくことに意味はあると思いましたので。
http://mythtic.diarynote.jp/201009242039271264/の続き。
構築における金銭面での負担を減らす方法として最初に思い浮かぶであろう方法は、高額カードを使用しないデッキを構築する方法。
高額カードを使用しないデッキを組め、それが流行するのであれば高額カード以外に人気が集まり、結果として高額カードへの人気の集中が緩和され、カード価値のインフレを軽減できるというわけです。
ただ、この方法には「デッキの構築が制限される」という問題点があります。
スタンダードのカードプールはギャザの構築の中では狭い方に入ります。その分環境内で構築しうるデッキの総数は少なくなるわけで、その中で使用カードに自ら縛りをかけることはデッキ構築の自由度を狭めてしまうことになってしまうわけです。制限は創造性を高める要素となりますが、過剰な制限は逆に創造性に対してマイナスの働きとなってしまいます。
別のアプローチとして、構築自体に変更を加えるといった方向性も考えられます。実は定められたフォーマットの大会に出るのでなければ(つまりカジュアルプレイ等を行うのであれば)、あえてデッキをルール通りに構築する必要はないわけで。
そういった遊び方の提案として公式でも取り上げている中に、ハーフデッキというものがあります。多分発祥はポケモンカードゲームなのだと思われますが、通常のデッキの半分の枚数(ギャザであれば30枚)+半分の制限枚数(ギャザであれば2枚)をデッキ構築の制限としている遊び方です。ハーフデッキで構築を行うのであれば単純計算でかかる金額は半分になり、負担はかなり軽減されます。あくまで大会に出ることを前提としない遊び方ですが、まず一番重要なギャザで楽しく遊ぶ、という目的を達成するためには必ずしもデッキの枚数にはこだわる必要はないのではないかなと。
他にもハイランダー構築とかレアリティによる枚数制限といった「同じカードを4枚集めることによる金銭的負担」を低減する方法は考えられますので、スタンダードに参入する前段階としての資産のないプレイヤーに対する導入方法として薦めてみてはいかがでしょうか、という提案でした。
金銭面に関してはリミテッドという別アプローチも考えられます。これに関してはまた後ほど。
構築における金銭面での負担を減らす方法として最初に思い浮かぶであろう方法は、高額カードを使用しないデッキを構築する方法。
高額カードを使用しないデッキを組め、それが流行するのであれば高額カード以外に人気が集まり、結果として高額カードへの人気の集中が緩和され、カード価値のインフレを軽減できるというわけです。
ただ、この方法には「デッキの構築が制限される」という問題点があります。
スタンダードのカードプールはギャザの構築の中では狭い方に入ります。その分環境内で構築しうるデッキの総数は少なくなるわけで、その中で使用カードに自ら縛りをかけることはデッキ構築の自由度を狭めてしまうことになってしまうわけです。制限は創造性を高める要素となりますが、過剰な制限は逆に創造性に対してマイナスの働きとなってしまいます。
別のアプローチとして、構築自体に変更を加えるといった方向性も考えられます。実は定められたフォーマットの大会に出るのでなければ(つまりカジュアルプレイ等を行うのであれば)、あえてデッキをルール通りに構築する必要はないわけで。
そういった遊び方の提案として公式でも取り上げている中に、ハーフデッキというものがあります。多分発祥はポケモンカードゲームなのだと思われますが、通常のデッキの半分の枚数(ギャザであれば30枚)+半分の制限枚数(ギャザであれば2枚)をデッキ構築の制限としている遊び方です。ハーフデッキで構築を行うのであれば単純計算でかかる金額は半分になり、負担はかなり軽減されます。あくまで大会に出ることを前提としない遊び方ですが、まず一番重要なギャザで楽しく遊ぶ、という目的を達成するためには必ずしもデッキの枚数にはこだわる必要はないのではないかなと。
他にもハイランダー構築とかレアリティによる枚数制限といった「同じカードを4枚集めることによる金銭的負担」を低減する方法は考えられますので、スタンダードに参入する前段階としての資産のないプレイヤーに対する導入方法として薦めてみてはいかがでしょうか、という提案でした。
金銭面に関してはリミテッドという別アプローチも考えられます。これに関してはまた後ほど。
http://mythtic.diarynote.jp/201009242004087492/の続き。
情報の壁に対してできることは、分かりやすい情報に触れる機会を増やすこと。
情報に触れる機会を増やすにはメディアミックスとかそういう方向性もありますが、それは公式がやるべきことであってプレイヤー側からできることは公式に対して圧力をかけるくらいしかありません(しかもそれで動いてもらうまでにはタイムラグがありますし、更に言うと必ずしも動いてもらえる保証はない)。
ではそれ以上にプレイヤーの側からできることとは?
ギャザ界にはそもそも初心者が簡単に入れるような構造は今のところ存在していません。広まった経緯がRPGマガジンの記事や周囲に教えてもらったからというものだったという点で入り口が元々狭かったのは確かです。しかしこれは逆にいえば入口を広げることに関しては誰もが今からパイオニアになれる部分なのではないでしょうか。
たとえば、ギャザと必ずしも関係のないようなイベントでギャザの初心者講習会を行ってみる。
たとえば、非常に分かりやすいギャザ初心者のためのWebサイトを立ち上げてみる。
これらは10人が触れてみてひとりが興味を持ってくれればそれだけでも非常に意味があることだと思います。100人だと10人、1000人だと100人が興味を持つわけですから…そしてギャザはそれだけの面白さを持ったゲームであると思いますので。
情報の壁に関してプレイヤーができること(というか多分した方がいいと思うこと)には「プレイヤー全体の意識改革」というものがあります。これについてはまた後日。
情報の壁に対してできることは、分かりやすい情報に触れる機会を増やすこと。
情報に触れる機会を増やすにはメディアミックスとかそういう方向性もありますが、それは公式がやるべきことであってプレイヤー側からできることは公式に対して圧力をかけるくらいしかありません(しかもそれで動いてもらうまでにはタイムラグがありますし、更に言うと必ずしも動いてもらえる保証はない)。
ではそれ以上にプレイヤーの側からできることとは?
ギャザ界にはそもそも初心者が簡単に入れるような構造は今のところ存在していません。広まった経緯がRPGマガジンの記事や周囲に教えてもらったからというものだったという点で入り口が元々狭かったのは確かです。しかしこれは逆にいえば入口を広げることに関しては誰もが今からパイオニアになれる部分なのではないでしょうか。
たとえば、ギャザと必ずしも関係のないようなイベントでギャザの初心者講習会を行ってみる。
たとえば、非常に分かりやすいギャザ初心者のためのWebサイトを立ち上げてみる。
これらは10人が触れてみてひとりが興味を持ってくれればそれだけでも非常に意味があることだと思います。100人だと10人、1000人だと100人が興味を持つわけですから…そしてギャザはそれだけの面白さを持ったゲームであると思いますので。
情報の壁に関してプレイヤーができること(というか多分した方がいいと思うこと)には「プレイヤー全体の意識改革」というものがあります。これについてはまた後日。
金銭の壁:スタンダードの抱える病理
2010年9月24日 TCG全般ギャザで最も遊ばれているフォーマットは何か、と問われたときに大抵の人はスタンダード、と答えるでしょう。(カジュアルはそう定義されたファーマットではないので除く)
そしてスタンプレイヤーは今のスタンが一部のレアの高騰により大変なことになっている、というのも把握しているかと思われます。
そもそもギャザは構造上お金がかかりやすいゲームとなっています。構築のおける制限であるデッキ枚数最低60枚、同一カード4枚制限は他TCGと比較しても必要となるカードが多いです。たとえば遊戯王OCGですとデッキ枚数最低40枚、同一カード3枚制限となってまして、ギャザと比べてデッキを組むのに必要なカードが少ないのが分かっていただけると思います。
確かにギャザは土地というリソースの存在によりデッキの枚数が水増しされている面はありますが、そこにも基本でない土地が入り込むのが当然となっている現在のギャザにおいて水増し要素は薄いです。
また、デッキを組むために必要なカードはまず4枚揃えるというのがスタンダードの大前提となっているので、必須カード、特にレアカードは価格が高騰します(ギャザに限ったことではないのですが)。ここには(これはまたの機会に触れる予定ですが)スタンのデッキの均質化という罠が潜んでいたりします。皆が同じようなデッキを使うとそれに必要なカードは高騰し、結果「参入するだけで一苦労」なスタンダードという現状が生まれてしまっているわけです。
スタンダードは名前の通り、フォーマットとしてはギャザのスタンダードです。しかしスタンダードを名乗る割に敷居が非常に高いフォーマットです。「必須カードを4枚揃えるところから始まる」スタンダードは果たして初心者に薦められるフォーマットでしょうか?私は否と答えます。
本日はこの辺にて。
そしてスタンプレイヤーは今のスタンが一部のレアの高騰により大変なことになっている、というのも把握しているかと思われます。
そもそもギャザは構造上お金がかかりやすいゲームとなっています。構築のおける制限であるデッキ枚数最低60枚、同一カード4枚制限は他TCGと比較しても必要となるカードが多いです。たとえば遊戯王OCGですとデッキ枚数最低40枚、同一カード3枚制限となってまして、ギャザと比べてデッキを組むのに必要なカードが少ないのが分かっていただけると思います。
確かにギャザは土地というリソースの存在によりデッキの枚数が水増しされている面はありますが、そこにも基本でない土地が入り込むのが当然となっている現在のギャザにおいて水増し要素は薄いです。
また、デッキを組むために必要なカードはまず4枚揃えるというのがスタンダードの大前提となっているので、必須カード、特にレアカードは価格が高騰します(ギャザに限ったことではないのですが)。ここには(これはまたの機会に触れる予定ですが)スタンのデッキの均質化という罠が潜んでいたりします。皆が同じようなデッキを使うとそれに必要なカードは高騰し、結果「参入するだけで一苦労」なスタンダードという現状が生まれてしまっているわけです。
スタンダードは名前の通り、フォーマットとしてはギャザのスタンダードです。しかしスタンダードを名乗る割に敷居が非常に高いフォーマットです。「必須カードを4枚揃えるところから始まる」スタンダードは果たして初心者に薦められるフォーマットでしょうか?私は否と答えます。
本日はこの辺にて。
情報の壁:他TCGと比較して
2010年9月24日 TCG全般ギャザは他のTCGと比較してメディアへの露出が薄いです。国産TCGは大体がメディアミックスなのでそこでギャザが弱いのはしょうがないとして(改善できるならした方がいい点だとは思いますが。ちなみに燃え尽きぬ炎は販促マンガとしてはまず役に立たない)、問題はそれでもギャザに興味を持ってくれた人がググった際に出てくる公式サイト。
ちなみによそと比べてみるとこんな感じです。
マジック・ザ・ギャザリングの公式webサイト
http://mtg-jp.com/
ポケモンカードゲームの公式webサイト
http://www.pokemon-card.com/
遊戯王OCGの公式webサイト
http://www.yugioh-card.com/japan/
一言で片づけてしまえば「ギャザやる気出せよ」なのですが、何故そう思うのかを挙げるとギャザは明らかに新規参入者に対しての対応が他の売れているTCGと比べて悪い、という点があります。
確かに初めての方へ、という項はあるのですがそれを読んだところでギャザの魅力が感じられるか、というと否、としか答えようがない。なぜならそこには奥深いゲーム性や対戦することの楽しさというようなギャザを遊びたくなるような要素は含まれておらず、ひたすら世界観の説明に終始しているからです。
ちなみに私がギャザを始めたきっかけは周りにやっている人がいたから、というものなのですが、はたしてそれ以外で参入するルートがどれだけ整備されているでしょうか。ギャザをやってみたいと思わせるようなルートが存在しなければ、競技人口は先細りになっていくと思われます。
ちなみによそと比べてみるとこんな感じです。
マジック・ザ・ギャザリングの公式webサイト
http://mtg-jp.com/
ポケモンカードゲームの公式webサイト
http://www.pokemon-card.com/
遊戯王OCGの公式webサイト
http://www.yugioh-card.com/japan/
一言で片づけてしまえば「ギャザやる気出せよ」なのですが、何故そう思うのかを挙げるとギャザは明らかに新規参入者に対しての対応が他の売れているTCGと比べて悪い、という点があります。
確かに初めての方へ、という項はあるのですがそれを読んだところでギャザの魅力が感じられるか、というと否、としか答えようがない。なぜならそこには奥深いゲーム性や対戦することの楽しさというようなギャザを遊びたくなるような要素は含まれておらず、ひたすら世界観の説明に終始しているからです。
ちなみに私がギャザを始めたきっかけは周りにやっている人がいたから、というものなのですが、はたしてそれ以外で参入するルートがどれだけ整備されているでしょうか。ギャザをやってみたいと思わせるようなルートが存在しなければ、競技人口は先細りになっていくと思われます。
ギャザには始めようとするにあたって幾つかの壁が存在します。その中で大きいものとして情報の壁、金銭の壁といったものがあります。
情報の壁
世間には多数の娯楽があふれており、その中からギャザを手にすることは決して簡単ではありません。トレーディングカードゲームという決して広くない業界の中でも多数のライバルがひしめく中、未経験の人間がギャザに手を伸ばすには何らかのきっかけが必要となるわけなのですが、そのきっかけをつかんでもらうには今のギャザは他のカードゲームと比較してもあまりに力がありません。
金銭の壁
ご存知の方は多いと思いますが、トレーディングカードゲームはお金がかかる遊びです。その中でも今のギャザはお金がかかる部類に入ると思われます。遊び方を工夫すれば確かにお金をあまりかけずに遊べるのですが、広く遊ばれている遊び方を行おうとすると金銭的負担がかなりヤバいことになってしまうというのは娯楽として健全性が高いとは言えないと思います。
情報の壁
世間には多数の娯楽があふれており、その中からギャザを手にすることは決して簡単ではありません。トレーディングカードゲームという決して広くない業界の中でも多数のライバルがひしめく中、未経験の人間がギャザに手を伸ばすには何らかのきっかけが必要となるわけなのですが、そのきっかけをつかんでもらうには今のギャザは他のカードゲームと比較してもあまりに力がありません。
金銭の壁
ご存知の方は多いと思いますが、トレーディングカードゲームはお金がかかる遊びです。その中でも今のギャザはお金がかかる部類に入ると思われます。遊び方を工夫すれば確かにお金をあまりかけずに遊べるのですが、広く遊ばれている遊び方を行おうとすると金銭的負担がかなりヤバいことになってしまうというのは娯楽として健全性が高いとは言えないと思います。
日本勢は、なぜ勝てなかったのか。
http://mtg-jp.com/eventc/ptams10/article/008381/
こちらの記事の中で大見出しとして挙げられている敗因としては以下のようなものがあげられます。
大会形式の変化
練習不足
ビルダーの不在
情報戦
コミュニティの消失
これらの中にはプロツアー参加者の個人としての問題、プロツアー日本勢としての問題、日本ギャザ界の問題がそれぞれ含まれてます。
まず、大会形式の変化(に対応しきれなかったこと)と練習不足に関しては個人としての問題という面が強いです。ギャザはあくまで個人(ないしはチーム)戦なので勝つためには当然各々が自らのスキルを磨くことが必要となるわけで、そこは個人依存な部分となります。
次に、ビルダーの不在と情報戦。これらに関しては日本勢としての問題となります。優秀なデッキビルダー、デッキチューナーは大会参加者全員が利益を享受できる存在となりえるので非常に重要性は高いです。それがいないということがいかほどに不利益となるかは言わずもがな。情報戦も同様で、というより情報の共有という点では同質なものですね。
最後にコミュニティの消失。これは明確に日本ギャザ界の問題です。
で、コミュニティの消失を更に突き詰めて考えると、「新規参入」というキーワードが浮かんでくるわけです。
確かにギャザは売れてるみたいです。でもそこで疑問を投げかけてみる。
「それって単に購買層がお金を使える年齢に上方シフトしただけの話じゃないの?」
http://mtg-jp.com/eventc/ptams10/article/008381/
こちらの記事の中で大見出しとして挙げられている敗因としては以下のようなものがあげられます。
大会形式の変化
練習不足
ビルダーの不在
情報戦
コミュニティの消失
これらの中にはプロツアー参加者の個人としての問題、プロツアー日本勢としての問題、日本ギャザ界の問題がそれぞれ含まれてます。
まず、大会形式の変化(に対応しきれなかったこと)と練習不足に関しては個人としての問題という面が強いです。ギャザはあくまで個人(ないしはチーム)戦なので勝つためには当然各々が自らのスキルを磨くことが必要となるわけで、そこは個人依存な部分となります。
次に、ビルダーの不在と情報戦。これらに関しては日本勢としての問題となります。優秀なデッキビルダー、デッキチューナーは大会参加者全員が利益を享受できる存在となりえるので非常に重要性は高いです。それがいないということがいかほどに不利益となるかは言わずもがな。情報戦も同様で、というより情報の共有という点では同質なものですね。
最後にコミュニティの消失。これは明確に日本ギャザ界の問題です。
で、コミュニティの消失を更に突き詰めて考えると、「新規参入」というキーワードが浮かんでくるわけです。
確かにギャザは売れてるみたいです。でもそこで疑問を投げかけてみる。
「それって単に購買層がお金を使える年齢に上方シフトしただけの話じゃないの?」
ブログ開始とその理由
2010年9月24日 TCG全般 コメント (2)まずはじめに。私はプレイヤーとしてはギャザからかなり遠ざかっている身であり、現在のこの業界がどのような状況であるのかについての知識はかなりの部分が伝聞やネットの情報という点で、リアルとはかけ離れている部分は多々あるかもしれません。
それでも情報を発信したいと思うようになったきっかけは以下の記事。
日本勢は、なぜ勝てなかったのか。
http://mtg-jp.com/eventc/ptams10/article/008381/
この記事について考えていくうちに、いつしかそれは日本ギャザ界の抱える本質的な問題に行き着きました。私の意見に対してどれだけの賛同が得られるかは分かりません(むしろそれ以上の非難を浴びる可能性もあるわけで)が、私の考える問題点と、それに対してどのように対応すべきか、といったことを綴ってみたいと思ってます。
それでも情報を発信したいと思うようになったきっかけは以下の記事。
日本勢は、なぜ勝てなかったのか。
http://mtg-jp.com/eventc/ptams10/article/008381/
この記事について考えていくうちに、いつしかそれは日本ギャザ界の抱える本質的な問題に行き着きました。私の意見に対してどれだけの賛同が得られるかは分かりません(むしろそれ以上の非難を浴びる可能性もあるわけで)が、私の考える問題点と、それに対してどのように対応すべきか、といったことを綴ってみたいと思ってます。